2023年2月26日 咸臨丸の日

咸臨丸はサンフランシスコまで1ヵ月と13日。現在の船旅は西海岸までおよそ2週間、クルーズ船だとハワイとグアムに立ち寄って27日。ヨットだと90日という記録も。

2月26日日曜日
咸臨丸の日

万延元年1月13日、日米修好通商条約の批准書交換のため品川沖を出航し、アメリカへ旅立った江戸幕府の軍艦咸臨丸かんりんまるが、万延元年2月26日にサンフランシスコに無事到着・・したことにちなんで記念日が設けられています。咸臨丸に乗船していたのは、勝海舟福沢諭吉中浜万次郎(ジョン万次郎)ら。また、咸臨丸が品川沖を出航した1月13日は旧暦の日付のまま「咸臨丸出航記念日」として制定されています。咸臨丸はオランダ製、総トン数600トン、全長約50m、全幅8.5m、このときの乗員180名。現在の大型の巡視船や遠洋漁業の漁船クラスの大きさ。その後、1871年9月、北海道木古内町泉沢沖で暴風雨により遭難し、サラキ岬で破船、沈没した。

現在、瀬戸内海で咸臨丸のレプリカに乗ることができます。
ちょっとレトロな気分でいかがでしょう。

咸臨丸のレプリカ
うずしおクルーズ

2.26事件の日

1936(昭和11)年のこの日、2.26事件が発生した。

陸軍の皇道派の青年将校が、対立していた統制派の打倒と国家改造を目指し、約1500名の部隊を率いて首相官邸等を襲撃した。内大臣・大蔵大臣等が殺害され、永田町一帯が占拠された。

当初、陸軍の首脳部は青年将校たちの行動を容認する態度をとっていたが、海軍が鎮圧を要求し、天皇も同様の立場をとったので、29日に鎮圧を開始した。飛行機から「下士官兵ニ告グ」のビラを撒いて帰順を勧め、「今からでも決して遅くはないから、直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復帰する様にせよ」との投降を呼びかけるラジオ放送を行った。形勢が不利になったと判断した将校たちは兵を原隊に帰し、2名が自決、残りの者が自首して、その日のうちに鎮定された。

脱出の日

1815年のこの日、エルバ島に流刑されていたナポレオンが島を脱出してパリに向かった。

血液銀行開業記念日

1951(昭和26)年のこの日、日本初の血液銀行・日本ブラッドバンク(後のミドリ十字。吉富製薬と合併する等して現在は田辺三菱製薬)が大阪に設立された。

血液銀行は、献血等により提供者から採取した血液を保存管理して輸血に必要な血液を確保し、必要に応じて供給する機関で、GHQの指示により設置された。翌1952(昭和27)年に、日本赤十字社も血液銀行を設立した。

今日がお誕生日の人

  • 1920年 - 川内康範、作詞家、脚本家、作家(~2008年)
    函館市生まれ。小学校卒業後、数々の職に就く。昭和16年、新感覚派・中河与一氏主宰の『文芸世紀』に戯曲「蟹と詩人」を、『北海道文学』に「おゆき」を発表し作家デビュー。芥川賞作家・富沢有為男氏らと交遊、純文学の道に。『愛怨の記』で福島県文学賞を受賞。海外抑留者家族の実態を描いた『生きる葦』などを発表するかたわら、放送、映画の世界で、多くのドラマ、シナリオを書く。テレビドラマ『月光仮面』が大ヒット。「愛は情死なり」との観点から、多くの恋愛小説を雑誌に発表し、そこから生まれた歌謡曲「誰よりも君を愛す」で日本レコード大賞、「花と蝶」「おふくろさん」「命あたえて」など数々の受賞曲を持つ。海外同胞引揚げ、遺骨収集など社会運動を通じて政治の世界に。佐藤栄作政権以来、歴代宰相の顧問を務め、辛辣な時評で政治評論家としても活躍
川内康範志
本の話し
  • 1802年 - ヴィクトル・ユーゴー、作家(~1885年)
  • 1873年 - 与謝野鉄幹、歌人(~1935年)
  • 1873年 - 河東碧梧桐、俳人(~1937年)
  • 1911年 - 岡本太郎、芸術家(~1996年)
  • 1924年 - 竹下登、政治家、第74代内閣総理大臣(~2000年)
  • 1929年 - 五社英雄、映画監督(~ 1992年)
  • 1942年 - 山下洋輔、ミュージシャン
  • 1949年 - 海江田万里、政治家、衆議院議員
  • 1956年 - 桑田佳祐、ミュージシャン、歌手(サザンオールスターズ)
  • 1985年 - 藤本美貴、歌手、タレント
  • 1986年 - クリスタル・ケイ、歌手
  • 1988年 - 新谷仁美、陸上競技選手
  • 1993年 - 松島幸太朗、ラグビー選手